センター試験現代文0点による雑記

日々の備忘録や思ったこと

仕事納め

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今年の仕事終わりました。

最後は上司にぶん投げて、自分はデスクの掃除して終了しましたけど、そんなもんでいいです。

 

仕事なんて誰かがやってくれるし

終わらなくなってなんとかなるし

 

って言いたいけど、そんなこともないのが辛い。

 

納期だけは守らないとね。信用に関わるし。

まぁそこさえ押さえておけばあとは、70点未満を取らなきゃいい。

 

仕事をしてて100点を目指す人って結構いるけど、私は赤点じゃなきゃいい派だし

70点を取り続ける方が大事だと思ってる。

色んな忖度を考えた時に、100点よりも70点の方がいんじゃね?って思うこともある。

 

まぁもう仕事納めしたから仕事の話しないけど。

 

社会人になって思うのは長期休暇の少なさ。大学生に戻りたいよね。ほんとに。

年末年始なんてあっという間に過ぎて、いつもの日常に戻っていくんだろう。

はー。早く労働から解放されたい。

ブログ始めてよかったこと

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ブログを始めて1週間が経ちました。

なんとか続けられているけど、もうネタない。

正直疲れる感覚もある。

 

毎日なんか投稿してる人はすごいってシンプルに思う。

 

ただブログを始めて良かったと思うこともある。

それは精神状態がなんか良くなったこと。

 

どうして??って思うかもしれないけど

辛い時でも、考えとか悩みを口に出したり、言葉にしたりするだけでもある程度は精神は安定する方向にあると思うし、私はその気が強い。

ブログを書くのって、悩みを相談してるみたいなものなんだよな。自分の感覚としては。

 

 

悩み事って相談する時、親しい友達や家族に話す人が多い。

そこで、慰めてもらったり、あるいは解決策を突きつけてもらったり。

これって相談の形としては、理想形と言ってもいいと思う。

 

でも私が思うに、

相談ってただ解決策を教えてもらったり、頑張ったねって励まされることが全てじゃないと思う。

 

相談するってことは共有するってことだと思う。

 

辛いことを半分こなんてのは綺麗事だし、他人の悩みなんてものは、所詮他人のもので本気で共感することなんかはできない。

でもこれは相談された側の思考。

 

相談する人っていうのは、とにかく苦しい現状を誰かに共有したい。

慰めてもらうとか解決策を講じるなんてのは副産物でいいから、今はとにかく聞いてよ。って感じだと思うんだ。

 

だから、結局はあなたと話したいんだ、聞いて欲しいんだっていう部分が強いんじゃないかなって思う。

 

自分はそう。

相談して話したらなんかもう楽になってて、

あれ?なんの相談してんだっけ?みたいになることある。おれはバカだから。

 

まぁ、要するになんか悩んでしまっていることを、言葉にして相手に伝えると自分の中で収集がつくんだよね。

 

言葉にしてみたら、あーこんなことかい。とかね。

 

だから、自分の中では相談っていうのは共有する、つまり、言葉で相手に伝えるっていうことで十分って思ってる。

 

ね?相談って簡単でしょ?

って思いたいが問題がある。

 

それは相手が必要だということ。

相談ってだいたい身近な人、親しいな人にするよね。

相談したいくらい大切だと思ってる人って数名だと思う。

 

じゃあ、この数名の都合が合わなかったらどうする?

 

中には、そもそもこんな内容、大切な人なんかに相談するようなことじゃないって飲み込んでしまう人もいるけど、どうしてる?

 

そんな時我慢するの?

 

そんな時に思った。

ブログ書きゃ良くね?って。

 

そもそも相談っていうのは相手の時間を拘束して、相手の良心に訴えかける行為。

つまり、相手に負担をかける行為なんだよね。

 

誰かに相談したいっていう、この誰かを特定してしまうと、誰かが負担に感じてしまう。

 

それが嫌なんだったら、その誰かを特定しないブログでいいじゃんと。

 

ブログなんてのは読みたくない人はまず読まない。

読みたい人も都合がいい時に合わせて読むことができるし、発信を受けるツールとしては最高のものだと思う。

 

ならブログで、悩みとか考えとか書きゃ良くね?って思った。

 

相手がいないと寂しいとか

結局解決しないよとか

そんなん知らん。

俺は大体のことは言葉にしてみるだけでなんか解決した気になる人間だから。

 

相手がいないと寂しいなんてものは相談以前の問題だし、解決策なんてものは果たして相談して得られるか?

 

相談して得た解決策って大体自分で考えられることが多いし、悩む人間っていうのは、心の中で本当はどうしたらいいかなんてわかってることがほとんど。

ただ、勇気が出ないからその後押しが欲しい。って場合だと思う。

 

この後押しされたいって感覚と

ブログに書いて、こうする!って決意表明するのって大体イコールじゃない?ってくらい言葉にすることって効果があると思ってる。

 

だから、ブログってみんなやればいいと思うんだよな。

いい事だらけだと思う。

こんな記事別に読まれなくたって、自分がいい気なってんだから。

前までは友達に話してたけど、ブログで書くのも悪くない。

1人で書いて1人で満足して精神状態良くなるんだからいいもんだよね。

これからもマイペースに相手を特定しない発信としてブログを活用していきたい。

スルースキルを身に付けたい

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今日はただの愚痴。

 

先週仕事で怒られた。

ただ結局、何で怒られたか納得をしていない。

怒られた経緯は以下の通り。

 

先週月曜日に、部署全員会議が行われた。

この全員会議は月に一度行われ、進捗会議及び提供される議題について話し合う。

進捗会議については、いつも通り行われた。

問題は、提供された議題に関してである。

言い渡されたのはなんと

「議題がないので皆さんで考えましょう」

とのこと。

 

はい??

議題がないこと自体おかしな話だが

議題がないなら、事前に通告して各自考えるようにとリマインドはできたはずだよね?

何故それをしない?

 

はい考えましょう!なんて始められて、まともな会議なんて出来るはずがない。

案の定、全く中身のない会議となった。

 

それで私含めて数名は、会議中ではあるが、別業務の話をしたり、愚痴をこぼしたりしていたことがバレて怒られることになった。

 

私に非がないとは言わない。

しかし、果たしてこの会議やる意味があったのか。

 

そもそも会議なんてものは、なきゃない方がいい。

参加者の業務を中断させ、時間を拘束しているわけだから、議題がないなら解散する方が良いに決まっている。

それでも会議をしたいのであれば、会議の目的があるはず。

それを説いても、しっかり会議に参加しろと責められる。

会話にならない。

 

コミュニケーションが目的ならフリートーク10分や飲み会に行けば良い。

会議をすることが目的になってないか?

会議は1人で抱えられない問題を、数の力で解決を図る場であって、問題を出し合う場ではない。

 

そう訴えても、他人事な態度が気に入らないと怒られる。

 

まぁ、そーゆう人なんだな、この人は。

って結局諦めた。

 

そんな感じで納得のいかない怒られ方をして、蟠りを抱えていたら、いつの間にか数時間が経過していた。

 

昔から、人に直接文句を言われることに全然慣れない。

そもそも、今回の場合は相手が会話にならないんだから

「うわー。変なこと言ってるー。」

と流してしまうのがいいのだが、どうしても回復するまでに時間がかかる。

 

問題なのは、嫌な思いをしたことによって仕事効率が数時間も下がること。

さっさと切り替えて、無視出来た方がいい。

直すべきものがあれば、直せばいいのだが、意味わからん事で文句を言われたら無視することしかできない。

 

ここで無視するスキル、スルースキルっていうのは、想像以上に役立つんじゃないかという考えに至ったのである。

 

もう少し掘り下げると

「自分で管理できる領域」

「管理できない領域」

を区分けして、管理できない領域は諦めるか、所与のものとして対策を講じることが必要なんだと思う。

 

基本、他人の思考というのは理解ができないものだし、注意したところで大して変わることはないと思っている。

 

世の中に対して、イライラすることが多い時というのは、

自分の身の回りに「管理できない領域≒他人の干渉」が多くなっているからではないか。

 

自分のメンタルに悪影響を及ぼす、かつ管理できない行動を取ってくる他人とはできるだけ距離を置く。

距離を置けないなら無視すること、受け流すことを徹底すれば、嫌な思いをすることを減らせることができるかもしれない。

 

というわけで、なるべく関わらないようにしつつ、何か言われても適当にやり過ごすスルースキルを身につけることを目標にし、年末まで仕事を乗り切ります。

月曜日鬱の皆さん

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月曜日ってやる気が出ない。

 

土日が明けた月曜日からの仕事を

「よし、がんばるぞ」ってやる人って、一定数いるんじゃないかと思う。

 

ただ、仕事も然り、学業も然り、月曜日ってどうせやる気が出ないから、

まずは、このやる気が出ない

という事実を認めてあげることが大事なんじゃないかと私は考えている。

 

だから、月曜日の過ごし方で一番良いと思うのは、“頑張ろう”と言うことよりも、“乗り切ろう”ということ。

 

そもそもではあるが

仕事というものはやる気に頼らずにやる

ということがポイントだと思う。

もちろん、やる気があるに越したことはない。

 

しかし、やる気を元に仕事の計画を立ててしまうと、実は困ってしまうことが多々ある。

 

例えば

やる気がある状態であれば、半日で終わる

やる気がない状態であれば、一日かかる

このような仕事があったときに、やる気のある自分というのは仕事のスケジュールを立てる。

 

この仕事は半日で終わらせて、その次仕事はこうして…

というふうに。

でもこれってやる気がある状態で設計してるから、いざやる気がないと一日かかってしまうわけである。

 

しかも、この「やる気」というのが難しいもので、

やる気を出せって言われて、やる気を出せる人ってなかなか居ない。

そんなことができたら苦労はしてない。

変にやる気が出ない時にやる気を出そうとすると、鬱症状が加速するなんて話もあるからね。

だから、基本的にはやる気はないものとして、仕事の計画を立てることを自分はやっている。

 

そして、世の中には

月曜日の午前中を休んでも良いよ

という特別有給休暇制度を導入している会社がある。

希望する人は毎週休んでも良い。

会社から強制的に休みにすると、作業を進めたい人にとって困るから任意の休暇なのだが、実態は半分以上の人が休んでいるらしい。

しかし、それでも

生産性は下がってないですよ。

という記事を見たことがある。

 

まぁ、サンプル1でしかないから、じゃあ私の会社でもやりましょうっていうことにはならないけど、

これって月曜日にやる気はでないってことを受け入れて、考えて行動してる1つの例だと思う。

 

やる気って自分にご褒美を与えたりすると出てくるものだと思ってる。

仕事が終わったら飲み会に行くとかね。

月曜日の午前を休暇にした会社の人なんかも

 

月曜日の午前休んで良いんだって思うと、すごく気が楽になった。

 

っていう声があるらしい。

これはもう、この制度を使っている人の感想でしかないから、共感するのは難しいけど、月曜午前寝てて良いんだと思ったら、鬱っぽさ少しは軽減されるよね。

そういうところで、精神を落ち着かせることができれば、仕事に対しても身が入ってやる気が出るのかなと思う。

 

まぁ、実現するのが難しいのはわかる。

デスクワークとかでこのプロジェクトを期限内で納めれくれればいいよみたいな、私みたいな仕事であれば、月曜午前休めるけど

学校とか飲食店とか、その時間その場所にいることが大事は職業っていうのは、月曜午前休みます!ってやりづらいよね。

 

だから、そういう人たちは

月曜日ってやる気が出ませんということを受け入れて、

そこでやる気が出なくてもやれる仕事をやるっていうことを意識してみると良いと思う。

 

 

最後にまとめると、月曜日はやる気出ない。

それを受け入れて、何とかして乗り切るということ。

帰ったら美味しいご飯を食べるとかゲームをするとか

そんな自分へのご褒美をモチベーションにして、最低限のパフォーマンスで過ごしていくことを意識して、本日の月曜日も過ごしていきます。

 

 

 

 

 

 

歯医者に行く。そして俺はブラック・ジャック

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私は歯並びが悪い。どれくらい悪いかと言うと、接客のプロであるキャバ嬢が引きつった笑いしかできないくらいに悪い。

 

こんなんじゃ女の子はキスしてくれへん

そう思い、財布を持って歯医者に行った。

 

「この歯を魔改造してくれ。」

歯科医師に頼む。

そうして、初めて歯を見てもらったとき、医師は驚いていた。

 

「あなた、普段食べ物を噛めていますか?」

 

は?バカにしてんの??

24年も人間やってるんや。飯くらいちゃんと噛んで食っとるわ。

そう言う間もなく、

 

医師は噛み合わせを調べるため、グニグニしたガムのようなものを持ってきた。

これを噛んでみてと。

 

はむはむ。なかなかどうして気持ちがいい。

ずっと噛んでたい。それくらい気持ちがいい。

 

そんなニヤケ顔の私の口に、医師は手を突っ込んでガムを引っこ抜く。

すると医師は、家でシロアリを見つけたくらい目を丸くして驚いた顔で言う。

 

 

 

「すごい……。」

 

 

 

すごいのは患者の目の前でそんな顔して驚愕してるお前だよ。

すごいっていうか怖いよお前。

すぐに医師はおれのすごさを教えた。

 

 

「あなたはご飯を噛めていない。

 特に左の奥歯の機能は死んでいる。

 前歯はカッスカス。

 辛うじて右の奥歯を使ってるけど、これも怪しい。

 擦り合わせてるんじゃないのか?草食動物みたいに」

 

 

お前すんごいこと言ってるの気づいてないのか?

時に事実は人を傷つける。道徳は学んでいないのか?

お前は今、俺のコンプレックスという名の地雷原でタップダンスをしているぞ。

 

てか待て。おれが草食動物だって言ったかこいつ。

待て。

 

 

俺が草食動物…?野菜を食えないのにか…?

俺は逆ヴィーガンである。

植物が可哀想で肉しか食べることができない哀れな化物。

そんな俺が、草食動物…。

 

 

泣くほど悔しい。

数十秒前まで敵対していた医師に頼み込む。

 

「治せますか…??

 おれは肉食動物のように力強く、咀嚼をしたい…!」

 

医師は俺の両肩をガシッと掴み

 

「治してみせます…!」

 

こうして、熱い友情で幕を上げた俺の歯列矯正物語が始まるのだが、

どうやら歯がゴミくそ汚い状態だから、メンテナンスから行う。

 

 

 

メンテナンスの日。

すごくかわいい歯科衛生士さんが歯をカチカチしてくれる。1時間くらい。おっぱいを押し付けて。

 

 

このシチュエーション、見たことある!!

avで見るやつだ…。

 

 

視界はタオルに遮られて感じ取れない。

今の俺に残されているのは触覚。

 

身体の全神経を後頭部に注ぐ。

後頭部は初めて俺になり、俺は初めて後頭部になる。

 

そこで感じたものは豊穣。幸福。愉悦。

否、おっぱい。おーぱい。

 

 

思考は一度、止まる。

心臓が強く脈を打つ。

血が全身を駆け巡る。

手が下半身へ伸びる。

 

今なら、してもバレないんじゃないのか?

だって、何も見えてないぞ。

 

 

無論、見えてないのは俺だけだが、そんなもの気にしない。

 

俺は見えないものは信じない。

俺は今、タオルによって視界はない。

つまり、俺の目の前には誰もいないんだ。

 

 

 

俺はオナニーのしすぎで屈曲してしまった、

Jの形をしたちんこを、黒いパンツから取り出そうとする。

 

 

 

その時俺は思ったんだ

 

 

 

 

黒いパンツにJの形のちんこ…?

 

 

 

俺は、ブラック・ジャックなのか…?

 

 

 

 

俺はブラック・ジャック…。

違う。そんなはずある訳ない。

そもそもあれは漫画のキャラクターだ。

俺がブラック・ジャックなはずがないんだ。

 

 

 

しかしそれなら

黒いパンツにJのちんこをどう説明する?

できない。できるはずがない。

だってその瞬間、

 

 

俺はブラック・ジャックになってしまったから。

 

手塚治虫先生は俺を描いていたんだ。

 

 

 

ブラック・ジャックが俺に統合したところで

歯のメンテナンスは終わる。

 

 

衛生士さんありがとう。

君のおかげで俺は己の正体、真実に気づくことができた。

 

帰り道、真っ黒なパンツを5枚セットで購入。

 

 

ここにブラック・ジャックとしての新たな人生

第二幕、開演

 

 

病まないためにできること??

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・注目を浴びる
・人より優れている
・世間に認められる
・金持ちになる

 

こういうのを人生の拠り所にすると、簡単に心は折れてしまう。病んでしまう。

ただのありのままの自分を、自分自身が愛することができる。これさえできれば病むこともない。

 

それでは、自分自身を愛せる人間になるにはどうしたらいい?
それはやっぱり、誰かにたくさん愛された経験が必要なんだろうね。

 

それでは、誰かに愛されるためにはどうしたらいい?
それはやっぱり、自分がたくさん愛してあげることが必要なんだろうね。

 

自分を愛するために人を愛する。なんか回りくどいね。

 

明日はクリスマスイブですね。私は愛する人を探すところからです。

停滞する・後退することは無駄なのか

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プロ野球選手イチロー

「停滞すること・後退することでしか見えないものもある」

ということを過去の記者会見で言っていた。

これ自分に対しても、なるほどなと思ったし、そんな時どうしたら良いのかなと考えることがあるのでそれについてのお話。

 

実は、ここ1ヶ月半くらいは自分の中で無気力に近い状態だった。

まぁ原因は色々あり、インフルエンザになったり、精神的に疲れたとか考えることが多かったとかで、仕事中も家にいる時も、ぼーっとしたり、だらだらしたりしている時間が長かったなぁと思い返す。

ゲームする気も起きなくて、なんもやる気が起きなくて、唯一楽しかったなというのは人と喋ったことくらい。

とにかくエネルギーを使わないように使わないようにと過ごしつつも、自分って無気力の状態でも人と話すことは楽しめるんだなぁと、1つ気づきを得た。

今も完全に回復しているわけじゃないが、この省エネモードっていうのかな、この無気力状態の期間も必要な休息期間であったり、考えをまとめる時間となっていると思う。

これって私が思うに停滞期間であると思う。

 

イチローはもっともっとストイックだから

どれだけ停滞していても、後退することがあっても、毎日毎日、一個一個、自分の信じたことをやっていくしかないんだ。

と言っていて、それはトレーニングルーティンであったり、生活のリズムであったり、試合で活躍して世界で戦うために、どんな状態でもコツコツ積み上げていくことが、一流への近道なんだっていうことを伝えたいと思うんだけど

まぁ、我々凡人には難しいよね。毎日コツコツ積み上げることは、誰にでもできるわけじゃない。

 

そんな時に私が思う考え方があって、「何もしない」ということ。これも1つの信念だと思う。

そんなのは怠慢だ言葉遊びだって思う人もいるかもしれないけど、私の意見として

体調や精神状態が優れていないときに、何か物事を起こしてもいい結果なんて得られない。だったら、体調や精神状態が優れてない時は何もしない方がいいと思ってしまう。

そして、体調や精神状態を戻すのに必要な時間や行動というのは他から見たら、さらには自分から見たら停滞って思われるかもしれないけど

そうやって力を蓄えていけば、いつか事を起こせたり、やる気がみなぎってくるんじゃないかなと思う。

 

あとは、後退するって言葉を使ったから後退するに関しても少し話すと、後退っていうのは失敗とか過去を悔やむことなどを表してるのかなと思う。

例えば、信じてやってきたことが無駄だった時って、時間の無駄みたいな感覚に襲われると思うけど、それすらも結局は必要なことだったんじゃない?って思う。

だって学び得ている。これダメだったんだという学びって、時間を無駄にしてしまったから、後退と言えば後退だけど、前進と言えば前進みたいな。

失敗したからといって、自分の中で納得なく答えや考えが得られたのなら、必要な時間なんじゃないかなと。

停滞・後退という感覚を今持っている人って結構いると思うけど、決して無駄じゃないし、一度立ち止まってみるのも大事なんじゃないかなと思ったお話でした。

 

今は昼休み。加筆してたせいでお弁当を食べる時間がなくなった。以降気をつける。これも学びである。